書こう書こうと思ってずいぶん遅くなってしまいました。
(*念のため25話時点です。内容的には15話時点くらい?)





概要

さて、焔魔堂ろくろ。
こちらでも触れましたが、ろくろの存在は結構謎に包まれています。

謎といえば、基本的にはわからないことなわけですが、彼の場合は逆にわかることが謎になっています。

そうです。名前のことです。

禍野にて保護されたろくろですが、何故か姓も名も明らかになっていますよね。

もしかすると、陰陽連が保護してから勝手に名前をつけたのかも…とも思いましたが、それにしては名前がねぇ。”焔魔堂”って。

そのあたりに関しては、すでにこちらで考察していますので…。

というわけで、今回は”焔魔堂”という苗字について考えてみました。

基本的にこの作品の登場人物の苗字は京都近辺の地名からきているようです。
(姓と地名の関連についても今後まとめてみたいと思っています。)

まずは…
実は”焔魔堂”という地名はありません。

しかし、”焔魔堂”って、なんとなく”化野”に通じるような感じもしませんか。

まあ、なんとなく字面の感じが似ているというのもありますが、実はそれだけではありません。

化野と京都三大葬送地

とりあえず”焔魔堂”は置いておいて、まずは”化野家”について考察したこちらでも触れていますが、”化野”について触れてみますね。

化野といえばやはり、千灯供養や水子供養で有名な嵯峨野の化野念仏寺のある化野ですね。

さて、嵯峨野の化野といえば…。
そうです。東山の鳥辺野洛北の蓮台野とならぶ京都三大葬送地の一つです。

京都で”野”の付く地名は葬送の地というのは、京都在住ではなくとも知っている方は多いかもしれませんね。

化野は風葬の、鳥辺野は鳥葬の地だったとも言われています。
あくまで庶民の話で、貴族などは火葬されていましたが…。

これらの地を葬送の地として定めたのは小野篁だと言われており、そもそもは化野、鳥辺野、蓮台野の三大葬送地に西院と華頂を含めた5か所を葬送地として決めたようです。

ちなみに小野篁というのは、後で少し詳しく触れますが、冥界と現世をつなぐと言われる井戸を通り、夜は冥界で閻魔大王の補佐をしていたと言われる人物です。

鳥辺野と蓮台野

兎にも角にも、京都三大葬送地。

化野以外の2つ、鳥辺野蓮台野はどのようなところなのか少し触れておきましょう。

鳥辺野は現在でいう清水寺の近くです。

鳥辺野のあたりには親鸞が荼毘に付されたと言われる大谷本廟がありますが、その一帯に広がる墓石の数たるや化野念仏寺の石仏、石塔に勝るとも劣らない存在感を醸し出しています。
これも結構有名かもしれません。

かつては鴨川より東側は”人の住む場所ではない”と言われるほどだったとも言われていました。
東山に位置する鳥辺山は岡本綺堂の”鳥辺山心中”の舞台にもなっています。

ちなみに鳥辺野は古くからの火葬場であり、貴人たちはここで火葬されていたようです。
源氏物語にも登場し、葵上が荼毘に付された様子が描かれています。

また、徒然草では

“あだし野の露消ゆるときなく、鳥部山の煙立ち去らでのみ、住み果つるならひならば、いかにもののあはれもなからん。”

と鳥辺山の火葬の煙が化野と並んで世の無常を表すのに引用されています。

先ほど触れた小野篁が祀られている六道珍皇寺もこのすぐ近く、鳥辺山の入り口にあります。

この辺りは予想2に関連してきますので、詳しくは後ほど

一方、蓮台野というのは、北大路にある船岡山公園のあたりのことを言います。

さて、余談ですが…。
京都には千本通という通りがありまして。。
この千本通というのは、墓地である蓮台野へと続く死体を運ぶ道であり、その通りに沿って千本の卒塔婆が立てられていたことから”千本”の通りと名付けられたそうです。

そしてこれからが本題なのですが、その蓮台野の入り口に引接寺というお寺があります。
本尊として閻魔法王を祀っているこの引接寺こそが、一般に“千本閻魔堂”の通称で知られているお寺なのです。

正式な名称ではありませんが、実はこんなところに”閻魔堂”が存在しているんですね。

閻魔と焔魔

ここで予想に入る前に、ろくろの姓の焔魔堂について少し…。
焔魔閻魔で厳密には漢字が違いますね。
ろくろの姓の焔という漢字は”ほむら”で、意味は”炎”ですね。
名は体を成すというのか、ろくろの呪力は陰陽五行の火ですね。

さてでは、”焔”と”閻”、字体が違うだけで実は同じ意味の漢字なの?と思いますが、そういうわけでもありません。
“閻”には炎という意味は全くありません

とはいうものの、あながち通ずるところがないわけでもありません。

閻魔というのは日本では地蔵菩薩と化身とされていますが、もともとはインド神話のYamaが仏教に取り入れられたものであるとされており、同じくYamaがルーツであるとされている十二天の一尊に焔摩天がいます。

日本においては、閻魔と焔摩天、異なった二つの存在とされていますが、もともとは同一のものであったという考え方もあるわけです。(諸説ありますが…)

なので「閻魔」+「焔摩」➡︎「焔魔」

まあ、結局同じものですので。
「焔魔堂」=「閻魔堂」と考えていいのではないでしょうか。

ところで化野念仏寺で水子供養が行われるのが地蔵菩薩(=閻魔)の縁日というのもなかなかの縁を感じますね。

では、予想に入ります。




・予想1:京都三大葬送地との関連説

一つ目の予想は、ろくろと紅緒、つまり焔魔堂と化野を京都三大葬送地との関連で考えてみるというものです。

上述の通り、化野と並ぶ葬送の地である蓮台野に”閻魔堂”と呼ばれるお寺があることから、なぜ化野と蓮台野ではなく、化野と閻魔堂なのかという疑問は残りますが、少なからず”化野”と”焔魔堂”の間に関係があることは明らかになりました。

それにしても、”閻魔堂”と”化野”、”千本閻魔堂”と”化野念仏寺”。
仮にこれが、先ほどから書いているように、かつての京都の3大墓地関連を想定しているのであれば…。

鳥辺野に因んだ人物の存在も想定されますね…。
化野の”念仏寺”と蓮台野の入り口の”千本閻魔堂”ときたら、鳥辺野の入り口の”六道珍皇寺”かなぁ。

既出でろくろと紅緒に因縁を持った同世代となると、斑鳩士門か石鏡悠斗あたりでしょうが…。
斑鳩は鳥と関係していますけどね。。まあ、朱雀なだけにね。
そんなことよりも斑鳩は奈良、石鏡は三重に地名として存在していますからね。
多分違う。

とにかく、この関係性が背景に想定されているのであれば敵であれ味方であれ、ろくろと紅緒に強い因縁をもったキャラクターが存在しているでしょう。

なので既存キャラではなく新キャラクターとして”鳥辺野”に因んだキャラクターが今後出てくることが考えられます。

…などと、もっともらしく書きましたが、実は次の予想2が本命です。

予想2:念仏寺と六道関連説

さて、二つ目は少し視点を変えて別の可能性を見てみたいと思います。
先ほど予想1では化野、鳥辺野、蓮台野の3項対立で考えましたが、
「念仏寺」「六道」という観点から、化野と鳥辺野の2項対立で考えてみます。

 小野篁と六道珍皇寺

まずは、先ほど触れた小野篁について少し詳しく見てみます。

実はこの小野篁、あまり知名度は高くないようですが、知る人ぞ知るすごい人物です。
安倍晴明と同じくらい、或いはそれ以上にすごいのです。

陰陽道といえば主宰神は焔摩天の眷属であり、十王の一太山王ともされた泰山府君です。
晴明の用いたと言われる最高奥義は“泰山府君の祭”、死者を生き返らせる秘術です。
泰山府君の名を冠するだけあってすごい術ですね。
まあ、実際は死者を生き返らせた記述はないようですが…。

一方で、この小野篁は井戸から冥界と現世を行き来し、夜ごとに閻魔大王の裁判を手伝っていたとまで言われている人なのです。
つまり人間でありながら直接閻魔と関わっていたとまで言われているわけですね。

この人が生きていたのは802年~853年で、晴明は921年~1005年ですから篁の方がやや時代が早いですね。

ちなみにこの小野篁、遣唐使に選ばれたり、百人一首にその和歌が選出されたりと、実際にもかなりの才人です。

“わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと 人には告げよ 海人の釣舟”

ですね。

さて、この人が祀られているのが六道珍皇寺ですが…。

六道珍皇寺の辺りが鳥辺野の入り口で、あの世とこの世の境である「六道の辻」とされています。

冥界とつながる井戸というのも、この六道珍皇寺嵯峨の福生寺にあったと言われています。
前者は今でも見ることができますが、後者はすでに廃寺されてしまっています。

ちなみに六道珍皇寺が「死の六道」福生寺が「生の六道」とされていたそうです。

繰り返しますが、化野は嵯峨にあります。

さて、こちらの六道珍皇寺にも実は閻魔堂があります。
こちらは閻魔堂とは言っても、地名でも、寺の名称ですらありませんが、六道珍皇寺では小野篁とともに閻魔大王も祀ってありますので、そのお堂ですね。
地名や寺の名前に比べややスケールが小さくなってしまいますが…。

 2つの念仏寺

そしてですね。ここからが核心なのですが、実は念仏寺というのは嵯峨野に2つ存在します
片方がすでに何度も出てきている化野念仏寺ですね。
そしてもう一つが、愛宕念仏寺です。

さて、再び六道珍皇寺に話を戻しますが、珍皇寺は別名愛宕寺と呼ばれます。
もともと、鳥辺野には鳥部寺(愛宕寺)というお寺がありました。
なぜ、東山に建てられたお寺が愛宕の名を持つのかはわかりませんが…。

この鳥部寺(愛宕寺)が、珍皇寺と愛宕念仏寺にわかれたといわれているわけです。

ややこしいようですが、東山に建てられた愛宕寺が衰退して、愛宕山麓へ移転し、愛宕念仏寺として復興したということですね笑
まあ、それはさておき…。

つまるところ、閻魔堂の存在する六道珍皇寺はもともと愛宕念仏寺と一つだったということですね。
というわけで、化野と鳥辺野それぞれに念仏寺が存在すると考えられるわけです。

二つの念仏寺、嵯峨野の化野念仏寺鳥辺野の六道珍皇寺(愛宕念仏寺)
そして、二つの六道、嵯峨の「生の六道」鳥辺野の「死の六道」

この符号、なかなかなものだと思いませんか笑

こう考えると、焔魔堂ろくろと化野紅緒は二人で一組と考えられますね。
双星の陰陽師ですし、こっちの方がしっくりくるかな。

なので、閻魔堂の規模では予想1の方が優位かと思いますが、個人的には予想2の方が妥当な気がします。

焔魔堂家

さて、では最後にろくろの焔魔堂家について考えてみます。

上で見てきた焔魔堂と化野の関連に加えて、ろくろのフルネームが明らかになっていること。
さらに、こちらの考察で少し触れた、陰陽連のろくろに対する監視の緩さなどを考え合わせると…。

ろくろの家”焔魔堂家”というのはれっきとした陰陽師の家系だったのではないでしょうか。

ちなみに、引接寺から千本通りをさらに北に上がり、蓮台野の手前に閻魔前町という地域があり、これはあの世(蓮台野)への入り口で閻魔の住む場所という意味で名づけられたようです。
閻魔が住む云々はいいとして、あの世への入り口ということですから。

一方で、六道珍皇寺も「六道の辻」でまさにあの世とこの世の境界。
さらには、冥界へと通じる井戸まであります。

焔魔堂という姓がどちらの閻魔堂に由来しているにしても、あの世とこの世の境界という意味合いは変わりません。

このことを考えると、ろくろの家は禍野(あの世)と現世とをつなぐ役割を持った家だったのではないでしょうか。(門番みたいな…?)
仮にそうだとすれば、こちらでも考えたように、禍野にいるにもかかわらず戦闘用でもない狩衣で発見されたことにも多少なりとも説明がつくのではないでしょうか。

なんて…。

加えて”焔”ですし、ろくろ自身も”火”の呪力を持っているのだとか。。
化野家が土の家系の流れを汲むなどという設定も出てきたわけですから、焔魔堂家は火の流れを汲む家系なんではないか…。
そうなると、ろくろ自身も晴明の血を引いていることになりますね。

ちなみに火の家系は代々当主が女性なんだとか…。
火の家系は呪を得意としているそうです。
そういうのも関係してくるのでしょうかね。。

それにしても泰山府君を主宰神とする陰陽道において閻魔の名を冠するくらいですから、相当ですよね。

個人的にはろくろと小野篁に関連があればおもいしろいなぁとも思ったり。。

長文、お付き合いいただきありがとうございました。

今回はこの辺りにさせていただきます。

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